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前橋地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決

原告 清水義太

被告 前橋税務署長 外一名

訴訟代理人 河津圭一 外六名

主文

原告の被告前橋税務署長に対する訴は、これを却下する。

原告の被告国に対する請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告前橋税務署長が別表記載の各物件に対し、同表記載の日時になした各公売処分を取消す。被告国は、原告に対し別表記載の各物件を返還せよ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として「一、原告は菓子の製造販売を業としていたが、営業不振のため、昭和二四年度より昭和二六年度までの事業所得税のうち金十二万七千円を滞納したところ、二、被告前橋税務署長(以下単に被告税務署長と称する)は、これが滞納処分として、別表記載のとおりその記載の原告所有の各財産を差押えた上公売に付し、その記載の各日時にその記載の公売価格をもつて公売してしまつた。三、しかしながら、右公売物件は、公売の当時、それぞれ同表の公売当時の価格欄記載の如き価格を有していたものであるから、右公売価格はいずれも著しく低廉に失せるものというべく、従つて被告税務署長がこのように低廉な価格で公売をしたのは、ただに不当であるというに止まらず、原告の財産権な侵略する違法の処分というべきである。四、よつて、原告は被告税務署長に対し右各公売処分の取消を求めるとともに、併せて右各公売処分の取消請求が認容されることを前提として被告国に対し本件各公売物件の返還を求めるため、本訴に及んだと陳述し、

なお、原告が本件公売処分のあつた後、その公売処分につき、被告税務署長及び協議団等に対し苦情の申立をしたが、被告税務署長に対し適式の再調査の申立をしていないことは認める。被告等主張の抗弁事実中、関東信越国税局長が、日本勧業銀行の行員をして本件公売物件たる家屋の価格の鑑定をなさしめたこと、及びその主張の日時に原告と同国税局長との間に、右家屋の不当廉価公売に因る原告の損害を賠償するための和解契約が成立し、原告が被告等主張の金員を同局長から受領したことは認めるが、右和解契約において原告が右家屋の不当公売処分に対する一切の異議権を放棄し、また右金員の受領により原告の損害が全部填補されたとの主張事実は否認する。仮りに、原告が右和解において本件家屋の公売処分に対する一切の異議権を放棄したものとしても、原告が右国税局長の申出に応じて和解をしたのは、その契約締結の際、同局長において真実右和解金額以上の支払をする意思がないのに、原告に対し右損害の補償としてなお支払分が残つており後日その支払をすると申し向けて、原告を欺罔したことに因るものであつて同国税局長の詐欺に基くものであるから、原告は昭和三一年三月上旬同局長に対し内容証明郵便をもつて右和解契約を取消す旨の意思表示をした。よつて右和解契約が有効に存続していることを前提とする被告等の抗弁は理由がないと述べ

立証〈省略〉

被告前橋税務署長指定代理人は、本案前の抗弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告の本訴は被告税務署長のした公売処分の違法を主張し、その取消を求めるにあるところ、滞納処分の取消を求める訴は国税徴収法第三一条ノ四第一項、同条ノ二第一項及び同条ノ三第一項により同条ノ三第五項による審査の決定を経た後でなければこれを提起することができず、なお右決定を受けるためには、本件の如き場合、先づその処分の通知を受けた日から一ケ月以内に被告税務署長に対し再調査の請求をなし、次いで再調査決定の通知を受けた日から一ケ月以内に所轄関東信越国税局長に対して審査の請求をしなければならないのに、原告は昭和二七年一二月一八日頃本件公売処分の通知を受けながら、これに対して再調査の請求をせず従つてまた右審査の決定を経ていないものであるから、本訴は国税徴収法第三一条ノ四の規定に違背した不適法な訴であつて却下を免れない。と述べ、

本案につき、

被告等各指定代理人は、それぞれ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、請求原因一の事実中、原告がその主張の頃、菓子の製造販売を業としていたこと、及び昭和二四年度乃至昭和二六年度の事業所得税につき滞納のあつたことは認める。原告の滞納額は、滞納税額十一万五千六百九十四円に利子税額二万九千二百七十円、延滞加算税額五千六百円を加え、総計金十五万五百六十四円であつた。請求原因二の事実は、全部認める。請求原因三の事実は、これを争う。尤も本件公売後公売代金が不当に廉価であるとして、原告から被告税務署長及び関東信越国税局長に対しなされた苦情申立に基き同国税局において調査した結果、本件家屋の公売価格が稍々廉価にすぎると認められたが、固より原告主張の如く著しく低廉に失したというのではない。勿論その他の物件の公売価格は、いずれも適正であつて、その公売処分には何等違法の点はない。と陳述し、

次に本件家屋に対する公売処分取消の請求に対する抗弁として、本件家屋の公売価格は前記のとおり右国税局において調査の結果、稍々廉価にすぎると認められたので、同局において更に日本勧業銀行行員熊倉信二他一名に鑑定せしめたところ、その鑑定による平均価格は金六万六千百五円であり借地権価格相当額は金二万五百八十円であつたので、同局国税局長は、右家屋に対する鑑定平均価格と公売価格との差額金二万一千百五円と、借地権価格相当額とを原告に賠償することとし、昭和三〇年一二月一三日原告との間に、同局長は原告に対し右の合計金四万一千六百八十五円及びこれに対する本件家屋の落札決定日である昭和二七年一二月六日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払い、その代り原告はもはや本件家屋に関し他に何等の請求もしない旨の和解条約を締結し、即日右金員の授受を了した。即ち、原告は右により本件家屋の公売処分に関し一切の異議権を放棄したのであるから、原告の本件家屋に対する公売処分取消の請求は、亦この点において理由がない。と述べ、原告の和解契約取消の再抗弁に対し、原告主張の取消の意思表示のあつたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。と述べ、

なお、被告国の指定代理人は、本件各公売処分は前記のとおり取消の事由なく、従つてその取消請求の認容されない以上、その取消の認容されることを前提とする原告の被告国に対する本訴請求は、全く理由がない。と陳述し、

立証〈省略〉

理由

一、原告の被告税務署長に対する訴について

先づ、被告の本案前の抗弁について審究するに、本件訴は、原告が被告税務署長の原告に対する国税滞納処分としてなした公売の違法であることを主張して、その公売処分の取消を求めるものであるところ、凡そ、税務署長のなした国税徴収法による滞納処分に不服のある者は、先づその処分をした税務署長に対し、その処分の通知を受けた日から一ケ月以内に不服の事由を記載した書面を以て再調査の請求をなし再調査の決定を受け、更らに、再調査の決定に対し、その決定の通知を受けた日から一ケ月以内に国税局長に対し審査の請求をなしその審査の決定を経た後でなければ、その滞納処分の取消又は変更を求める訴を提起することをえないものであることは国税徴収法第三一条ノ四第一項、同条ノ二第一項、同条ノ三第一項及び同条ノ三第五項の各規定に徴し明らかなところである。然るに、原告が昭和二七年一二月一八日頃本件各公売処分の通知を受けたとの被告主張事実は、原告の明らかに争わないところであるから、原告においてこれを自白したものと看做すべく、そしてその主張するところによれは、原告は、右公売処分のあつた後右各公売処分につき、被告税務署長及び関東信越国税局長に対し苦情の申立をしたが、被告税務署長に対し成規の再調査請求をしたことはないというのであるから、結局原告は本件各公売処分につき右審査の決定を経ないで訴を提起したものであること言うまでもない。また、本件において、原告が右再調査の決定又は審査の決定を経ずに、直接本件訴を提起することを正当と認めしめる事由は存在しない。さすれは、原告の本件訴は、国税徴収法第三一条ノ四第一項に違背した不適法の訴というべきであるから、これを却下すべきものとする。

二、原告の被告国に対する訴について

次に、原告の被告国に対する本訴請求は、被告税務署が原告に対する国税徴収法による滞納処分としてなした本件各公売処分が取消されたときは、被告国が原告に対してその公売物件を返還すべき義務を負うものであるとし、被告税務署長に対する前記公売処分取消の訴の請求が認容されることを前提として、被告国に対し、右公売物件たる別表記載の各物件の返還を求めるものであるところ、原告の被告税務署長に対する右訴は不適法の訴として却下すべきものであること前説示のとおりである以上、原告の被告国に対する本訴請求は、その前提を欠くこととなり、従つて他の判断を俟つまでもなく理由がないこと明白であるから、これを棄却すべきものとする。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小木曽競 森岡茂)

別表〈省略〉

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